幸先は悪め

 

山形最後の朝は、もう3月も終わるというのに嘘みたいな大雪に始まった。寝ぼけた眼に映る白々しい雪景色のせいで、実はまだ12月くらいなんじゃないかとすら思い込みたくなる。

家を出る頃には雪はすっかり雨に変わり、いよいよ今朝の景色は夢か幻の類だったのではないかとも思うが、路肩には確かに薄く雪が積もっている。大荷物で家を出たため手に傘を持つ余裕のなかった僕はびしょ濡れになったが、駅の目前まで辿り着いた途端にあっさり空は晴れた。

 

改札を抜けて新幹線に乗り込み自分の席を探すと、隣の席には既に誰かが座っている。「すいません」と声をかけてキャリーケースを棚の上へ持ち上げようとするとケースから雨粒がだらだらと零れ落ちた。「すいませんすいません」と呪文のように繰り返しながらケースを無理やり押し上げて腰を下ろしたが、乗車券をよく見ると席を間違っていたので「すいませんすいません」と呪文のように繰り返しながらキャリーケースを棚から下ろしてそそくさと席を移った。

 

2回の乗り換えを含む約3時間の長旅の末に、僕は新居のある品川区に降り立った。とはいえそこは街の外れで、駅を出るとすぐに車も通らないような商店街が広がっていた。それでも山形とは比べ物にならないほどに人と物で溢れかえっている景色になんだかいよいよ高揚感めいたものも沸いてくるが、就活生時代に東京を訪れた時ほどの目移りも最早しない。

 

土地勘がないので新居と逆方向に向かっていることに気がつかないまま10分ほど歩く。踵を返して駅まで戻ってそこから更に5分、キャリーケースがガラガラと地面を擦る音を疎ましく思い始めた頃にようやく新居へとたどり着いた。

玄関には既に引越しの荷物を届けに来た配達員がおり、意図せずして初対面の配達員とともに新居の扉を開く運びとなる。ちなみにこの際、エレベーターに一度挟まれた。

 

 

かくして扉の向こうに広がる景色に不安だとか期待なんかを抱く間もなく部屋に荷物が詰め込まれる。大切にしていたあれやこれがあっという間に新しい部屋に身を置いていくことに妙な安心感を得るが、それでも4年過ごした街から離れた孤独感は拭い去れない。

 

移動と荷解きによる疲労や、刺し違えても寝坊できないことへのプレッシャーもあったため、用が済むと直ぐにベッドに潜り込んだ。外ではバイクの騒音と救急車のサイレンが鳴り響いていたが、案外よく眠れた。

 

 

そんなわけで今日から東京暮らしです。

短い間ですがよろしくお願いします。