ピクミン

今年やったゲームの話を備忘録的に幾つか残そうと思ったらピクミンだけで随分な量になってしまったので、とりあえずピクミンの話をします。

 

所謂あの歌が流行った当時にはゲームキューブを持っていなかったので未履修のまま生きてきたのだけど、今年最新作の発売に合わせて旧作がSwitchでも遊べるようになったので食指を伸ばした。

かなり難しいというのは噂にこそ聞いていたものの、あまりのシビアさに何度も心が折れかけたが、それでもクリアまでやりおおしたくらいにはハマった。

 

プレイして知ったがピクミンは管理職のゲームだ。

100匹まで連れ歩けるピクミンはその色ごとに得意分野が異なり、それぞれの特色に合わせてタスクを割り振る必要がある。

攻撃力の高い赤ピクミンには凶暴な原生生物と戦ってもらい、水の中を泳げる青ピクミンには川の向こうの荷物を運んでもらう。爆弾を取り扱うことのできる乙4ピクミンにはステージの壁を壊して新エリアを開拓してもらう。

ピクミンは残業ができない。一日の行動には制限時間があり、ゲーム内の時間で陽が昇っている間しか行動ができない。夜になるとピクミンの天敵である原生生物達はより活動的になり、日没の時点でプレイヤーのそばにいるのと拠点で待機している以外のピクミンは食べられてしまうのだ。

ピクミンには納期がある。前提として、このゲームの主人公のオリマーは宇宙の渡航中にロケットが大破してしまい、ピクミンたちのいる惑星に不時着した異星人である。ゲーム内の時間で30日が経過するまでに、大破して惑星中に散らばったロケットのパーツを回収して修理して母星に帰るのがこのゲームの目的となる。

納期までのロケット完成のために、時にはピクミンを定時のギリギリまで働かせ、「今日中にあのパーツとあのパーツを回収して、向こうのエリアの探索は明日以降に回そう」といったふうにスケジュールを管理する必要があるのだ。

 

そしてピクミンはあまりにも容易く死ぬ。敵である原生生物は基本的にピクミンの数十倍の体長の奴らばかりで、正面からサシでやりあったならばピクミンは一発で喰われて死ぬ。

そうならないためにも大量のピクミンを煽動して、原生生物の寝込みを背後から多勢で叩き回して勝利をもぎ取る。生存競争に"卑怯"の二文字はない。

そうやってどうにかピクミンを殺さないように敵を倒し、パーツを運ばせてクリアを目指すのがこのゲームの趣旨なのだが、先述した通りその趣旨を満たすのが非常に難しい。初見であれば余程ゲームのセンスが良くない限りは三桁にも及ぶ数のピクミンがロケットの完成のために犠牲になってしまうことは避けられない。その夥しい数の犠牲ピクミンを以てしても時間が足りず、ロケットを完成できないことさえある。

 

そしてこのピクミンの犠牲の要因は大抵の場合、プレイヤーの管理不行届によるものだ。これが何よりも辛い。

例えば水路を渡るための青ピクミンの隊列の中に赤ピクミンが混ざっているのに気が付かないまま入水させ、溺れさせてしまう。

例えばパーツを拠点まで運ばせる間目を離していたピクミンの様子を見に行ったら、拠点までのルート上にいたであろう原生生物に喰い散らかされて、道端に運搬途中のパーツだけがポツンと残っている光景に出くわす。

例えば日没前に集合をかけて何度も指差し確認をしたはずなのに、何故か翌朝5匹くらいピクミンが減っていることがある。

そういった理由でピクミンが死ぬ度にプレイヤーは何度もやるせなく果てしない罪悪感に苛まれる。これが何よりも辛い。

マリオやマデリンをいくら犠牲にしても感じることのなかった罪悪感を、ことピクミンに限ってはあまりにも甚く感じてしまう。それはゲーム内で描かれるピクミンの生物としてのリアリティと、そのピクミン達が自分のポカ1つで葬られてしまう(それもダース単位で)ことによるものだろう。

 

そんなわけで、プレイ中はゲームとしての面白さと苦痛が絶妙な塩梅で混じり合っていて、もうやめたいけどやめられない楽しい地獄みたいなゲームだった。

あと幼少期にピクミンを通ってきた人間は仕事ができる大人になっていると思う。割と本気で統計取ったら有意性ある結果が出るんじゃないか。仕事のできない俺が沢山のピクミンを犠牲にしたうえで言ってるんだから間違いない。

とにかく、大人になってからやったことで何か違う味わいみたいなものを感じられたような気がして楽しいゲーム体験でした。

 

因みにそのまま流れで2にも手を出したら、地下にいる爆弾背負った虫みたいなやつに八十匹余りのピクミンがまとめて吹き飛ばされて完全に心が折れました。


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